2007年09月03日奥山

夏休み最後の日、雨と雷の中永源寺の奥山へ出かけました。
その現場では、植えてから80年近くたった山で特別な作業が進んでいます。
「環境林整備」
聴きなれない言葉です。
簡単に言うと、杉や檜だけの山を思い切って間伐(多めの間引き)して、広葉樹も混じった林にしよう、つまり木材の生産よりも環境を重視した林にかえていこうというものです。
去年から滋賀県民が払っている「琵琶湖森林づくり県民税」で始まった事業でもあります。
そもそも行政がこれを考えた動機は、林道からも遠く、将来的に木材の搬出も困難なところを針葉樹と広葉樹が混じった手の余りかからない山にかえたかったことにあります。
里にイノシシやクマやシカが現れて悪さをするのも、山にどんぐりがないからだ!といった意見にも耳を傾けた結果かもしれません。
正しいか正しくないかはおいて置いて、この林が植林された時代を考えてみたくなりました。。。
1920年代、大正が終わり昭和が始まったこの頃。
第一次世界大戦と第二次世界大戦の間。
広大な奥山に植林が始まった。。。
林道もなく、山小屋に泊まりながらの作業だった。。。
何年かかって植えたのか、かなりの時間と人がつぎ込まれているに違いない。。。
「わさびや!」の声に足元を見ると、天然のわさびがありました。
植林された頃と比べて、世の中は大きく変わりました。
奥山の木材など、誰も気に留めなくなりました。。。
しかし、このわさびはきっと今も昔もかわらずここにひっそり葉を広げていたのでしょう。
立派に育った杉たちも同じ。。。
できれば遠い将来も、そうであってほしいと思います。
また時代が流れて、「そういえば奥山にりっぱな杉があったよね…」
と思い出されるときが来ることを祈って、、、
雨の山を後にしました。。。
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この記事へのコメント
先日は、お疲れ様でした。楽しい時間が過ごせました。
以前お世話になった宮大工の棟梁がおっしゃてました。
「人は長い時間生きている木々からみたら、ただの通行人なんや。そのことをわきまえなあかん」と。
確かに人が生きている時間なんて、ほんのわずか。
もっと謙虚になるべきですよね。
いろいろ大変ですが、頑張りましょう!
以前お世話になった宮大工の棟梁がおっしゃてました。
「人は長い時間生きている木々からみたら、ただの通行人なんや。そのことをわきまえなあかん」と。
確かに人が生きている時間なんて、ほんのわずか。
もっと謙虚になるべきですよね。
いろいろ大変ですが、頑張りましょう!
Posted by ようこせんせい
at 2007年09月03日 22:25
at 2007年09月03日 22:25ようこせんせい(T T)ありがとうございます。
今日、鈴木有先生にお会いして来ました。
やはり、先生の懸念も「国産材時代の到来」でした。
「行政は滋賀の森林の100年の計を考えねばならない」
との言葉が本当に重く聞こえました。
通行人として、山には謙虚に、人には厳しく(?)頑張ります!!
今日、鈴木有先生にお会いして来ました。
やはり、先生の懸念も「国産材時代の到来」でした。
「行政は滋賀の森林の100年の計を考えねばならない」
との言葉が本当に重く聞こえました。
通行人として、山には謙虚に、人には厳しく(?)頑張ります!!
Posted by うめ at 2007年09月04日 21:57


